王の考えは誤ってはいませんでした。哲学者は王の意向に沿うため、「陛下」と言いました。「自然の隠された驚嘆すべき業を知りたいと陛下が強くお望みの御様子ですので、ひとつ話して差し上げましょう。わたしの生涯で、これほどのものはいまだかつて見聞きしたことがございません。しばらく前のこと、学問を収めようとわたしが東の地へ赴いたときのことです。かの地には高い知性を備えた人が大勢いると聞いたことから、わたしは博学多才の若者といっしょにあちこちの町を訪ねてまわり、自然の高貴なる業について二人であれこれ議論をしていました。ある日、比類のない驚くべき術を知っていると若者が言いました。いつでも好きなときに、どんな種類でも無関係に、動物を殺してその死んだ体の上である言葉を唱えると、自分の生気が死体へ入り、自分の体は死体として残って、殺された動物がその生気で生き返るというのです。そこに好きなだけとどまった後、動物の体で自分の死体の上へ戻って同じ言葉を唱えれば、物言わぬ動物は前のように死んで倒れ、彼は前の状態に立ち戻るのです。わたしはそんなことは不可能だと思い、彼はどうしても納得させられないようなので、わたしの目の前で証明してくれました。それほどの奇跡を見たことのなかったわたしは、その術を自分も学びたくてたまらなくなりました。そこで若者と長い付き合いをし何度も頼み込んで、長い時間をかけて、ようやくわたしに教えてくれることになり、かれはその願いをかなえてくれました」
哲学者が皇帝にこう語ると、「いったいどうして」と皇帝は言いました。「証拠をこの目で見ない限りわたしには不可能だと思うが、納得できるだろうか?」
「それでは」と哲学者は答えました。「陛下がすんなり納得できるように、実験をしてみましょう。今この場に動物を運ばせてください。そうすればすべてご覧に入れましょう」そこですぐに皇帝は一羽の雀を見つけ出させ、哲学者に渡しました。かれは雀を溺れさせると地面に投げ出し、それに向かってなにやら言葉を言いました。彼はたちまち地面に崩れ落ち、雀は生き返ってその部屋中を飛び回りました。しばらく時間が経ってから、雀は死んだ哲学者の体の上に戻ってなにかをさえずると、哲学者は息を吹き返し、雀はその場で前と同様に死んだままでした。これには皇帝は限りなく驚いて、そのような秘術をどうにかして身につけたいと強く思い、哲学者に熱心に懇願しました。哲学者は、こうした偉大な君主の願いを断れず了承しました。このような驚くべき秘術を学んだ皇帝は、ほぼ毎日なにかの鳥を運ばせると、殺してから自分の魂を乗り移らせ、体は死んだままにしました。自分の気のすむまで飛び回ってから再び自分の体の中へ魂を戻すと、鳥は死んで皇帝は生き返りました。この術を使うことで、多くの家臣たちの心を見抜くことができたので、悪人には罰を、善人には多大な褒美をそれぞれ与えることができ、彼の帝国には平安が常に保たれていました。
このことを知った宰相は、自分が君主に非常に好かれているとわかっていたので、ある日、王とふたりで会話をしているときに、王のその術に気がついたと話し、おかげで王の秘密をすべて知っていると言って、それを自分にも明かしてくれるよう強く懇願しました。皇帝は彼をとても目にかけていたので、彼を喜ばせようとしてその術を授けました。すぐに宰相はその体験をして、自分も見事に習い覚えました。
ある日、君主が宰相を供として狩猟に出かけ、他の従者たちからかなり離れていたときに、ふたりは二頭の鹿に出くわして仕留めました。ずっと心の中に秘めていた邪な考えを実行する絶好の機会だと宰相は考えました。「ああ、陛下!」と皇帝に向かって言いました。「供の者どもから離れていますから、わたしたちの魂をこの二頭の鹿へ乗り移らせて、しばらくこの緑の谷間を気晴らしに散策するというのはいかがでございましょう?」
「たしかに」皇帝は答えました。「それはいい考えた。そうして遊べば、しばらく愉しめるだろう」そう言うと、下馬して馬を木に繋ぎ、死んだ鹿の一頭の上へ行って秘密の言葉をつぶやきました。その魂は鹿へ移り、自分の体は死んだように後に残りました。宰相はそれを見てすばやく馬から下りると、馬を繋ぐことなど気にもかけずに皇帝の死んだ体へ近づいて自分も秘密の言葉を口にし、自分の体を地面に死んだように残したまま魂を皇帝の体へ乗り移らせました。そして皇帝の馬にまたがると、従者一行のところへ戻りました。そして帝都へ戻ったところ、君主の体と顔をしていたので、みなが彼を皇帝として迎えました。王宮へ帰ると多くの家来に宰相のことを尋ねましたが、だれも見かけた人がいなかったので大変悲しんだ様子を見せて、従者の一行から離れたときに森の中で獣に食べられてしまったに違いないというふりをしました。
こうして彼は帝国を支配して取り仕切り、本来の皇帝がそれまでしていたことを自分の手で行うようになりました。しかし偉大なる神は、どんな詐欺であれそれが長い間隠されていることをお喜びになりません。君主の三人の妻と床を共にしたこの男は、ある日、叔父の娘である妻とも寝ようと考えました。そして狩から戻って四日目の夜に彼女と寝ましたが、彼女は、皇帝の愛し方とは違っていることに気がつきました。夫である君主が、死んだ動物の体に魂を乗り移らせる秘密をもっていたことを知っていた彼女は、宰相が狩の後で姿を見せないことを思い出し、とても気のつく賢い女性だったのですぐに詐欺と皇帝の身に起きた不幸を見抜きました。そこで宰相は皇帝の体をしていたのですが、彼女はすぐにベッドから出ると、詐欺には気がつかないふりをして言いました。「陛下、あなたがわたしのそばに横になられる少し前に、わたしは非常に恐ろしい幻を見ました。それを今お話すことはできません。そのために、わたしはこれから貞淑な生き方をすると決心しましたので、どうかわたしと床を共にしないようにと心からお願い申し上げます。もしそのことを陛下がお聞き入れにならなければ、陛下の望みに身を任せるより、わたし自身で死を選ぶ覚悟でございます」この言葉に対し、偽皇帝はたいへん残念に思ったものの、彼女に強く惹かれいて自殺を懸念したので、その後は彼女と寝ることを止めました。そしてただ彼女を眺めて会話をするだけで満足し、他のことは一切禁じられました。それでも、帝国で正真正銘の皇帝がするはずだったことはすべて彼がやっていました。
一方、皇帝は自分の姿に戻ろうとしましたが、鹿に変わったことであらゆる不幸に見舞われて、雄鹿らに追いかけられ、他の凶暴な獣からは何度もひどく打ちのめされました。こうした多くの災難から逃れるため、すべての動物から離れて、一人で歩くことを決心しました。ある日、死んだばかりの鸚鵡を見つけました。魂をこの死んだ体に乗り移らせれば、もう少し楽な暮らしを送れるだろうと考えて、不思議な効き目をもつ言葉を鸚鵡の上で口にすると、たちまち鹿は地上に倒れて死に、皇帝は鸚鵡になりました。他のたくさんの鸚鵡と一緒になったところ、鳥を捕まえる網を仕掛けていた帝都の鳥刺しに出会いました。この鳥刺しに捕まれば運良く元の姿に戻れるかも知れないと思い、網の仕掛けられた場所で準備をして、ほかの鳥や鸚鵡と一緒に捕まえられることを期待しました。そのとおり、他のたくさんの鳥と一緒に籠に入れられて鳥刺しがまた網を仕掛けへ戻っていったとき、知恵と理性を備えた彼は、籠の戸口を押さえている木切れをくちばしで引っ張って他の鳥たちをみんな逃がしてやり、自分だけが籠の中に残りました。しばらくして鳥刺しが籠を置いた場所へ戻ってみると、鳥たちが逃げてしまってその日の苦労が水の泡になったことを見てかっとなり、残った鸚鵡まで逃がすまいと戸口を押さえようとすると、この鸚鵡は賢明な思慮深い言葉で鳥刺しをなぐさめました。このことに鳥刺しは大変驚きました。捕まえたばかりの鸚鵡がこんなに賢い話をするなどありえないと思えたからです。そしてこの鸚鵡で大金を手に出来るかもしれないと考えて安心しました。会話をしてみると鸚鵡は賢い受け答えをしたので、網を引き上げて片付け、鸚鵡と一緒に町へ向かいました。歩きながらさらにあれこれ議論をして、この動物が高い知性と理性を備えた話をするのがわかり、これで一儲けをできるだろうと考え始めました。
町について広場を通りかかると、知り合いに出会いました。足を止めて彼らと話をしていたところ、少し先でひどい騒動が起きました。鸚鵡に主人に何事かと尋ねたので、鳥刺しは周囲の人たちから話を聞いて、鸚鵡に伝えました。有名な美しい娼婦が、前の晩、町の名士と寝た夢を見て、広場で見かけたその男の服を捕まえたのでしあた。これまで百スクーディ以下の代金で寝たことはないと言って娼婦は百スクーディを要求したのに対して、男が承知せず、そんな騒ぎになったのでした。鸚鵡はそれを知ると、「たしかに困ったことですが、ご主人様」と言いました。「そのことはきっとわたしたちが解決できるでしょう。その人たちをわたしの前によんでくだされば、必ずふたりを納得させられると思います」この鸚鵡がとても賢明な知恵を持っていることを鳥刺しはわかっていたので、広場にいた知り合いに籠を預け、諍いの場へ行きました。そして名士と娼婦の間の騒ぎを言葉で少しなだめてから、ふたりの手をとって鸚鵡の前に連れてくるとこう言いました。「あなた方の論争の裁きをこの動物に任せるのに賛成してくれれば、鸚鵡がきっと正しい判決を下してくれるに違いありません」周囲の人々は、この言葉にからかわれていると思いました。理性のない動物が、鳥刺しが言うようなことをできるとは思えなかったからです。名士はそうした不思議を見たくなったので、娼婦に向かって「おまえがよければ」と言いました。「わたしの難題に鸚鵡が下す判断に同意していいと誓おうじゃないか」
娼婦もこれに賛成したので、ふたりは籠のところへ来ました。まず鸚鵡はふたりの議論について質問し、彼らの口からすべてを聞き出しました。これから下す判断を受け入れるとふたりが同意すると、鸚鵡は大きな鏡を籠の前に運んでくるように命じました。その命令に従ってすぐ鏡が前に運ばれてくると、それを机の上に置かせ、主人に鏡をまっすぐ立たせて置くように言いました。そして名士に向かって、娼婦が支払えと言っている百スクーディを机の上に出すよう言いました。それを見た女は、この金が自分の財布に入ると思ってひどく喜び、名士はしぶしぶ鏡の前にお金を出しました。「さあ、姉さん」と鸚鵡は言いました。「この机の上に見える百スクーディには触らず、鏡の中に映る百スクーディをとってください。あなたがこの名士といっしょだったのは夢の中だったのだから、その料金として要求している金も夢に似ているべきです」 その場にいた人々はこの判決に吃驚仰天し、自分の目で見ていることが信じらませんでした。理性のない動物が知恵に従ったこんな判断を下せるとは思えなかったからです。この事件で、鸚鵡の名が町中に知れ渡りました。
そのことを耳にした王妃は、そのような理性と知恵を持った動物のなかには自分の夫である皇帝がいるだろうと判断して、すぐに鸚鵡を鳥刺しといっしょに自分の前に連れてくるよう命じました。大臣たちはただちにその命令を実行し、王宮に来た鳥刺しは王妃の前に通されました。その動物が捕まったときの様子とその能力について尋ねた王妃は、それを自分に売ってくれれば、鳥刺しをしなくてすむだけの褒美を渡そうと伝えました。
王妃がそう言うと、鳥刺しは答えました。「王妃さま、鳥とわたしはあなたの御意志に従います。わたしがお願いできる最高の褒美とは、鸚鵡を私からの贈り物として受取ってくださることでございます。この鸚鵡でわたしが手にするどんな豊富な金銭よりも、王妃様の恩寵のほうがわたしにとって大切ですから」鳥刺しがこのような寛大な心をもっていると王妃は信じられず、この言葉にとても驚いて、鸚鵡を受取るとその寛大さに報いるため、鳥刺しには一年の五百スクーディを与えさせました。動物のために豪奢できらびやかな籠を作らせ、鸚鵡を入れて自分の部屋に置かせました。そして鸚鵡といろいろ話をしながら一日の大半を過ごすのが常でした。
こうして鸚鵡が昼も夜も王妃と一緒に過ごして二ヶ月が過ぎましたが、その間、偽の皇帝が彼女と床を共にするのを一度も見なかったので、皇帝は自分が惨めな境遇にあるにもかかわらず、大変うれしく思っていました。ある朝、一人で部屋にいる王妃と話をしていました。「ほんとうに」王妃は鸚鵡に言いました。「おまえは思慮深く賢明な動物だと思う。知性と知恵をもっていろいろな話題でわたしと議論できるのだから。おまえはなにか高貴な人物の魂で、魔術によって鸚鵡の姿に変わっているのでしょう。わたしの考えがあたっていたら、ぜひ打ち明けてくれるようにお願いします」そう王妃が言うと、女性への愛情から、鸚鵡は自分の正体をずっと隠し通すことができず、事件の最初から語って聞かせ、悪い不実な宰相のせいで自分がどんな風にこの惨めで不幸な情況にいるかを教えました。王妃は、偽の皇帝が彼女を愛する仕方が変わっていたことからそれに気がついていたと王妃は答えました。そして床を共にするくらいなら自死するほうを選ぶと言ったのでした。「もしあなたが望めば」と鸚鵡は王妃に言いました。「すべて解決し、わたしは元の体に戻って、悪い不実な宰相にすっかり復讐ができるでしょう。王妃はそうなることが一番の望みだったので、どうすればよいのか教えてくれるように頼みました。「この後」動物は答えました。「偽皇帝がわたしの体で近づいてきたら、嬉しくて喜んでいる顔を見せて撫ぜてあげなさい。『きっと』こうあいつに言いなさい。『わたしは世界中で一番不幸な女でしょう。陛下をたいへん愛していながら、以前のように愉しむことができないのです。陛下の人格を疑ってしまったからです。しばらく前から、それまでいつもしていらしたように、散歩をするため動物の死体に魂を乗り移らせるのをなさらなくなりました。つらくて死にそうです』そう言えば、なによりもあなたと寝ることが望みであるあの男は、あなたの願いを満足させて自分が真の皇帝であると信じ込ませるために、死んだ動物に魂を乗り移らせるでしょう。そのとき、邪なあいつに厳しい復讐をする機会ができるでしょう。そうなったらわたしの籠を開けてください。わたしは死んだわたしの体の上に乗り、魂を乗り移らせてすぐさま元の体に戻ります。その後、わたしたちは平和で楽しい暮らしを送りましょう」
こう鸚鵡が言うと、すぐ王妃はその助言を実行しました。その日の夕べ、偽皇帝が王妃の部屋へ入っていつものように王妃とあれこれ話をしていました。王妃は会話の中で、鸚鵡から教わったとおりのことを語りました。すると王妃の恩恵と愛情をなにより求めていたかれは、
「たしかに、妃よ、おまえはまったく間違いを」彼女に言いました。「自分に対しても、またわたしに対しても犯してきたのだ。そんな理由でわたしの人格が疑われているのなら、なによりまずおまえが言ったようにその疑いを晴らしてあげよう。すぐにここへ鶏を持ってこさせなさい。これまでおまえがどんなに間違った思い込みをしていたか見せてあげよう」そして命令を下すと、部屋に生きた鶏が運ばれてきました。皆の者を下がらせて、部屋の中にふたりは鸚鵡と一緒に鍵をかけて閉じこもりました。偽皇帝は鶏を捕まえて自分の手で窒息させ、その体の上で魔法の言葉をつぶやいて魂を乗り移らせ、自分の体は死んで床に倒れました。それを見た王妃はすぐに鸚鵡の籠を開けました。鸚鵡は死んだ自分の体の上へ飛んでいって呪文の効果で魂を乗り移らせ、鸚鵡は死にました。これに王妃は大変喜んで、嬉しい涙を流しながら夫である本当の皇帝と長いこと抱き合いました。その後、自分の災難に気がついた鶏を捕まえてその首を切り落とし、部屋の中で燃えていた炎の中へ投げ込みました。宮廷の者はだれも見ていなかったので、ふたりは鸚鵡が死んだふりをして部屋から出て、翌日女性と騎士たちに盛大な祝宴を開くよう命じました。
祝宴の後、皇帝は他の三人の妻と別れ、伯父の娘だった例の妻とだけ暮らしました。そしてひどい災難を乗り越えて自分の帝国を取り戻し、彼女と一緒に非常に平和で幸せな生活を末永く送りました。
この話をバフラーム王に語り終え、語り手は物語の終わりにたどり着いた。不思議な出来事の物語で王をたいへん面白がらせたので、語り手はたいそうな褒美を手にした。かれは暇乞いをし、大金持ちとなって自分の郷へ帰って行った。